広島高等裁判所 昭和44年(ネ)287号 判決 1972年2月28日
原告 国
訴訟代理人 麻田正勝 ほか三名
被告 空閑作兵衛
主文
被告は原告に対し別紙目録(一)記載の建物を収去して別紙目録(二)記載の土地を明渡せ。
被告は原告に対し金二五万六、二三二円および内金二二万〇、 六七七円に対する昭和四四年四月一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を、昭和四四年四月一日以降右土地明渡済に至るまで別紙「損害金算定表」のAの算式により計算した金員および同表Bの算式により計算した金員を、右損害金算定表のAの算式により計算した金員に対する右土地明渡済の翌日からその支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「一、別紙目録(二)記載の土地(以下単に本件土地という)はもと訴外福岡県田川市の所有であつたが昭和二七年七月三〇日寄付により原告がその所有権を取得し現在に至つているところ、本件土地は行政財産として文部省が管理していたが昭和四二年三月六日その用途を廃止し普通財産として同省が管理しているものである。
二、被告空閑は昭和二七年四月一日以降なんらの権限もないのに本件土地上に別紙目録(一)記載の建物(以下単に本件建物という)を所有し本件土地を占有している。
三、被告は昭和二七年四月一日以降自己に所有権がないことを知つているにも拘らず本件土地の占有を継続し且つ将来も占有を継続しようとしておりそのため次記使用料相当額の不当利得を得かつ得ようとしており原告は同額の損害を蒙りかつ蒙ろうとしている。
昭和三三年四月一七日以降昭和四四年三月三一日までの本件土地の使用料相当額およびその遅延損害金は別紙債権目録(一)(二)記載のとおりであり(その合計額は金二五万六、二三二円であり金二二万〇、六七七円は使用料相当額の損害金である。)昭和四四年四月一日以降明渡済に至るまでの右使用料相当額は別紙「損害金算定表」に基づき算定される金額である。
よつて原告は被告に対し本件土地の所有権に基づき本件建物の収去土地明渡しと昭和三三年四月一七日以降の使用料相当額の損害金および遅延損害金を求めるため本訴に及ぶものである。
四、被告は本件土地につき賃借権を有すると主張するも被告は右土地の前所有者田川市から賃借した事実もなく、仮にあつたとしても原告は前記のとおり昭和二七年七月三〇日本件土地を取得し同三〇年三月九日その旨の所有権移転登記手続を完了し、一方被告は右賃借権の登記もしておらず右土地上の本件建物につき所有権保存登記をしたのは昭和四三年五月一五日であつて原告の本件土地の登記手続完了後であるから被告は原告に賃借権を対抗できない。」と述べ、
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
「一、請求原因第一項の事実中、本件土地がもと田川市の所有であつたが原告の所有に至つた事実は認め、その余の事実は不知。
二、被告が本件建物を本件土地上に所有して右土地を占有していることは認めるがその余は否認する。
三、第三項は争う。
四、被告は本件土地の前所有者田川市から昭和二一年暮、本件土地(当時一三七坪)を地代年額一〇〇〇円毎年三月末持参払、目的は工場並びに居住建物の使用目的の約定で賃借したものであるから被告は田川市の賃貸人としての地位を承継している原告に右賃借権を対抗しうるものであるから原告の本訴請求は失当である。」と述べた。
<証拠省略>
理由
本件土地がもと田川市の所有であつたが原告が昭和二七年七月三〇日本件土地を取得し所有者であること、被告が本件建物を所有し、本件土地を占有することは当事者間に争いがない。
ところで被告は本件土地を前所有者田川市から賃借した旨主張するのに対し原告は仮にそうであつても被告が右賃借権を原告に対抗しうるには本件建物の登記の存在を必要とするところそれがないので新所有者原告に対し対抗し得ない旨争うので判断するに原告が田川市から本件土地を取得して所有権を有するに至つたことは前記のとおり争いがなく、<証拠省略>によれば原告が本件土地の所有権移転登記をなしたのは昭和三〇年三月九日であるのに対し、本件建物につき被告名義の所有権保存登記をなされたのは昭和四三年五月一五日であることが認められるところ土地賃借人が右土地の新所有者に対しその賃借権を対抗しうるには前記のとおり建物保護法によりその土地の上に登記したる建物を有することを要しその対抗要件具備の時期は土地の新所有者がその権利を取得するまでに具備され且つその取得時においても存続している必要があるところ前記のとおり被告の本件建物の保存登記は原告の本件土地所有権取得登記手続完了後であるところから仮に被告が本件土地を田川市から賃借していたとしても前記要件を具備したものということはできない。
しかしながら以上の結果を形式的に判断する場合事情によつては著しく借地人に酷な結果となり新地主の建物収去土地明渡請求が権利の濫用と解される場合がないとはいえないのでその点について判断するに成立に争いのない。<証拠省略>によれば本件土地はもともと田川市の市有地にして学校敷地であるところ昭和二一年七月一日訴外八城繁からその一部である本件土地の借用方申入れがあつたので市は土地の性質上公共目的のため場合によつては返還を求める際には直ちに返還することを約せしめて右八城に賃貸したが訴外今永専太郎が本件建物を建築して居住し昭和二二年頃からは被告が右建物を取得して居住するようになつたがその後市はこれを黙認して被告から賃料を徴収していたところその後本件土地は学芸大学田川分校の敷地の一部となり市としては昭和二五年学校敷地拡張の必要からその一部使用老に対し土地の返還方を求めたところ他の使用者は市に返還を約束したが八城においては自ら本件土地を使用していないところから市に対する約束をしなかつたので原告が本件土地取得後前記田川分校は市に対し被告の家屋撤去についての斡旋方を依頼すると共に直接被告に対し家屋撤去を求めるに至り併せて土地明渡を交渉するようになり被告を他に移転させるため敷地交換の交渉をしたが成立するに至らなかつたこと、本件建物は前田川分校の敷地の一部に存置しているため学校敷地の利用が妨げられていることが認められるところから以上の諸事情を考慮すれば原告の本訴請求が権利濫用であると解する事情は存在しない。
そこで被告が本件土地を取得して右移転登記手続を完了した昭和三〇年三月九日以降本件土地を不法に占有することとなりその使用料相当額を不当に利得することとなるところその使用料相当額については成立に争いのない。<証拠省略>によればその額は別紙債権目録(一)(二)添付の計算書のとおり昭和三三年四月一七日以降昭和四四年三月三一日までの使用料相当額は金二二万〇、六七七円でありそれまでの遅延損害金を加算すればその額は金二五万六、二三二円となるところ、昭和四四年四月一日以降の使用料相当額およびその遅延損害金は原告主張のとおり損害金算定表の算式により計算される額であることが相当と認められるので原告の右主張は理由がある。
そうであれば被告は原告に対して本件建物を収去して本件土地を明渡し主文掲示のとおりの金員を支払うべき義務がある。
よつて原告の本訴請求は正当と認められるのでこれを認容し、訴訟費用はついては民事訴訟法第八九条を適用して(但し原告の仮執行宣言の申立は不相当として却下する。)主文のとおり判決する。
(裁判官 松尾俊一)
債権目録(一)(二)<省略>
算定調書1~4<省略>
損害金算定表
A.R=S×{P44×P45……+(Pn×N/365)}×8/100
[備考]
R;使用料相当の損害合計額
S;使用料相当の損害額を支払つた時の属する年度の前年分の相続税課税標準価格
P;Sを1とした場合のSに対する各年度の前年分の相続税課税標準価格の割合(例えば、P44は昭和43年度分の、Pnは 不法占有終了年度の前年分の、各相続税課税標準価格のSに対する割合)
N;不法占有終了年度における占有日数
[説明]
本件土地に対する不法占有の継続による使用料相当額の損害金は毎日発生するものであるが、会計年度(毎年4月1日から翌年3月31日まで)を単位として計算する。そして、各会計年度分の使用料相当額の損害金の額は、本件土地に対する前年分の相続税課税評価額(本件の場合は田川税務署長が査定した価格とす。)に100分の8を乗じて得た額とする。これを等式で示せば上記のとおりとなる。
B.I=R×(D-1)×1/2×0.05/365
[備考]
I;不法占有が継続中の遅延損害金
R;使用料相当額の損害金合計額
D;不法占有が継続していた期間日数
[説明]
使用料相当額の損害金に対する遅延損害金は、使用料相当額の損害金が発生した日の翌日にその分に対する遅延損害金が発生するとともに新たな使用料相当額の損害金が発生し、その翌日、これに対する遅延損害金が発生する。この関係は不法占有の継続する限り継続する。それで、この場合の遅延損害金の算式は上記のとおりとなる。
なお、利率は民法所定の年5分の割合による。